Employee interview

I&L QUALITYをつくる人04

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ソフトウェア開発部 副主任補 ITエンジニア K.M

“企業が人を育てる”なんて傲慢だ――!?
セールスマンをエンジニアに“育てた”気付き。

「短期間でプロに育てる」とは
決して言わない育成方針

「短期間でプロに育てる」とは決して言わない育成方針

 「3ヶ月で一人前にします」「資格を取らせます」――そんな甘い言葉で未経験者を誘う会社なんて信じられない。転職活動を続けながら、K.Mはゲンナリしていた。

「3ヶ月やそこらでプロになれるほど、ソフト開発って簡単な仕事なのか!?」

 それまでのK.Mは、不動産会社の営業マン。自社内ソフトの開発にユーザ側の立場で携わったことがきっかけで、「ソフト開発は面白い。この道に進みなおしたい」と思い定めて、成績トップを1年半もキープし続けたキャリアを捨てた。決意の方向転換だっただけに、会社の人材育成方針や研修内容にはこだわりたかった。

 正しく訓練されて身に付けるのが、プロのスキルというものだ。それを通りいっぺんの速成教育で事足りるとするのは無責任にすぎる。そんな企業が“人を育てる”と言ってのけることに違和感があった。人生は自分で築くもの。自分を育てるのは自分自身である。“会社が育てる”だなんて余計なお世話。そんなのは企業の驕りだ……。

 ところが、アイアンドエルソフトウェアは“短期間でプロを育てる”とは言わなかった。

「私が面接を受けたときも、“充実した研修制度”を謳ってはいました。でも、“3ヶ月でプロに育てる”などとは決して言っていない。社長の吉岡も、そこは強く意識しているようだった。傲慢さを感じなかった。それが良かった。信じられた」

気負いすぎて、遅れに遅れた課題提出

気負いすぎて、遅れに遅れた課題提出

 K.Mの技術研修の進み具合は、実は芳しくなかった。「この研修制度が始まって以来の遅さ」でさえあったらしい。畑の違う仕事に就いていたとはいえ、K.Mが大学で学んだのは情報技術である。ハードウェアを自作する腕も持っていたし、営業で忙しかった前職時代も、業務に必要なプログラムを自分でつくっていた。それなのに、出された課題が全然進まない。プログラムを書き上げて提出しても、研修担当者のOKがなかなかもらえなかった。

「どこがいけないのか。何度もやりなおしては、再提出を繰り返した。自分で本を探してきて、徹底的に調べもしました。でも、認めてもらえないんです」

 K.Mの進みを悪くしていたのは、何がなんでも自分で解決してやろうという自分の気負いだった。今にして振り返れば“頭でっかち”だったと思う。

「自分を育てるのは自分だ。そう思い込んでいました。だから、尋ねれば簡単に教えてもらえたことまで、自分の中に抱え込んでしまった。研修とはいえ業務です。引っかかりがあれば、その場で質問して解決することを求められていたはずですが、そうできなかった」

 研修担当者が時間を惜しまず付き合ってくれることに甘えていた。

 傲慢なのは自分だった。

「ユーザに育ててもらった」
半年間のお客様先での単独常駐

 決定的な事態に追い込まれたのは、配属から半年後のこと。

 配属先は、他社と共同で進めてきた開発プロジェクトだったのだが、システムが稼動を始め、残るは保守という局面を迎えたとき。常駐して保守を担当するはずだった他社が突然撤退することになった。白羽の矢を立てられたのがK.Mだった。

「うちの会社の基本方針はチーム稼動なのですが、そのときは、諸事情あって私ひとりで常駐せざるを得なかった。ビビリましたねえ」

 技術的には不足でも、“元トップセールスマン”だから接客対応は上手いはず――そこを見込まれた人選だったと思う。行くしかなかった。

 つくる仕事は、自分の担当範囲が決まっている。どうしてもそこに意識を集中させるから、ともすれば全体が見えなくなる。一方、ユーザサポートはシステム全般を把握しなければできない仕事だ。ユーザからの問い合わせに備えて待機している間、システムのソースコードを片っ端から読んで過ごした。

 連絡してくるユーザは、つまり苦情を言っている。自分がわからない点があっても、長く待たせることはできない。「今さら聞けない」と思うようなことも、先輩技術者に尋ねた。

 単独での常駐は1年半に及んだが、この経験が彼を飛躍させた。顧客ニーズに直接触れたことは大きかった。端末だけを睨んでいても、ユーザが求めるソフトウェアは見えてこない。

 入社から3年を経てプロジェクトリーダに昇格し、今は部下の“育成”も担う立場に就いたK.Mは、「人材育成とは、結局、“気付かせる”ことなんだと思います」と語る。

 彼に気付きの機会を与え、ひとかどの技術者に“育てた”のは誰か?

 それは他でもない。ユーザである。

K.M

1983年生まれ。2006年、大学(経営情報学科)卒。
ゼミでjavaアプリの開発を行う一方、不動産にも興味を持ち、卒業後は不動産会社で営業職。チームトップの営業成績を1年半維持。
「賃貸物件管理ソフト」の社内開発に携わったことから、技術職へのモチベーションが再燃し、2008年3月、アイアンドエルソフトウェア株式会社に転職。
大手商社の事務系システムのプロジェクトに配属され、ユーザサポート要員として単身常駐も経験。同システムの大幅改修が決定し、チームが増強されるとサブリーダに昇格。その1年後プロジェクトリーダとなり、2012年末、“最優秀プロジェクト賞”を獲得。

「ユーザに育ててもらった」半年間のお客様先での単独常駐

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