「自分ひとりでは何もできない」
気弱な言葉の陰に、自負心がチラリ

「プロジェクトリーダとは、“町医者”のような仕事です」と、プロジェクトリーダ歴3年のT.N.は言った。
 プロジェクトリーダは、チームを取り仕切るゼネラリスト。
 自分自身の得意分野や、どんな業種・業界で経験を積んできたか……には直接関係なく、預かったプロジェクトに関して、あらゆることに対応する。お客様のお悩みごとに最初に向き合う役割だから、この比喩を使うのだろう。

 たいていの事柄について、おおよその診立てはつけられる。といって自分ですべての治療ができるわけではない。むしろ、時期を誤ることなく専門医につないでいけるのが、町の名医というもの。プロジェクトリーダも同じだ。

「プロジェクトリーダは現場の長。でも、必ずしも現場でいちばん腕の立つエンジニアというわけではない。自分ひとりじゃ何にもできない。そういう自覚があります」
 気弱ともとれる言葉とは裏腹に、T.N.は、満更でもなさそうな顔をする。

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ゼネラリストか? スペシャリストか?
エンジニアなら誰もが通る苦悩

 プロジェクトリーダは、職位3級以上。この職位は、一応、“キャリアの分岐点”とされていて、昇級するとき、ゼネラリストとしてのプロジェクトリーダになるか、特定領域のスペシャリストの道を進むか、本人の志向・希望に沿って会社と話し合い、選択できるようになっている。
“一応”というのはコース変更が可能だからだが、とはいえ重要な岐路ではあるので、このタイミングで葛藤を抱えるエンジニアは少なくない。エンジニアになる人には、多かれ少なかれ、専門志向があるからだ。

 T.N.もそうだった。
「入社のときから、一日でも長くプログラムを書いていたいと思ってきました。サブリーダとしてお客様との折衝や後輩の指導にも携わりましたが、プロジェクトリーダになれば、その仕事がメインになるうえ、責任はずっと重くなる。
 一方、専門領域の看板を掲げてITスペシャリストになるにしても、突出した才能が自分にあるのか……」

 プロジェクトリーダを拝命し、職位4級への昇進を果たした今も、プログラミング実務へのこだわりは捨てられない。
 お客様との打ち合わせ、チームメンバーの指導、会議、各種の書類仕事……などなど、現場の長としての業務をいろいろ抱えながらも、プログラミングの実作業をほんの少しだが自分にも割り当てている。
「まったくやらなくなったら、プログラマとしての感覚がなまってしまう。いつかコードを打つ手が動かなくなってしまう……と思うので」
 おそらくそれは杞憂のはず。だが、この思いはT.N.のエンジニアとしての矜持なのだろう。

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できるメンバーに囲まれて、
頼もしくもあり、ジェラシーもあり

 今、預かっているプロジェクトチームには、大ベテランのITスペシャリストも配属されている。この先輩のスーパーテクニックには、見惚れてしまう。
 最近メキメキと腕を上げてきて、ものすごいスピードでまったく無駄のないコードを書くようになった後輩もいる。
 ゲーム開発・運用のプロジェクトだから、ユーザとしても徹底的にやりつくしている若手がいて、彼の作品世界観に対する理解には、自分はとても及ばない……と思ったりもする。

 自分より優れたものを持っているメンバーたちは、実に頼もしい。頼もしいが、いちエンジニアとしては、ちょっぴり悔しくもある。
「アジャイル開発の現場だから、こういうメンバーたちと、細かく議論をしたり、1つのデータを一緒にいじったりしながら進めています。“チームを率いる”というより、チームみんなで一緒にやっているという感覚ですね」

 いろいろなタイプのメンバーと組み、それぞれの強みを生かして、ひとつのものを創り上げていく。
 その中核に自分がいることは、プロジェクトリーダの醍醐味だ。

お客様・会社・自分たちの
Win-Win-Winが、リーダの責任だ

「自分ひとりでは何もできない」「率いるのではなく全員一緒」とあくまで謙虚なT.N.だが、チームのトップとして強く念じていることがあるという。
 それは“貢献”と“責任”だ。

「第一は、お客様への貢献。これは当然のこと。お約束している最上級の満足をお届けするために、チームメンバーのパフォーマンスを最大限に高める責任が、プロジェクトリーダにはあります。
 第二は、会社への貢献。これもまた当然。予算は必ず達成。チームメンバーの生産性を高めて、利益を確実に残すこと。プロジェクトリーダの責務です」

 そして、もうひとつ。
「それは、働いている自分たち自身への貢献です。このプロジェクトに配属されて頑張ったことが、私も含めたメンバーひとりひとりにとって、最上級の体験となるよう努めること」
 お客様・会社・自分たちのWin-Win-Winをめざして、T.N.は現場を盛り上げ、引っ張り抜いていく覚悟だ。

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T.N.

2010年入社。立教大学大学院理学研究科化学専攻博士課程前期課程修了。学部3年までパソコン未経験だったが、計算分子化学の研究室に進み、必要に迫られてプログラミングの独習をはじめたところ、すっかりハマってしまい、理学修士号を取得したところで博士課程を途中で切り上げ、就職してプログラマになることを決意。就職サイトで細々と条件を入れて検索したところ、ヒットしたのが唯一「I&Lソフトウェア」だった。なので「よそのIT企業の採用事情はまったく知りません」。途中1年ほどの療養休職のアクシデントもあったが、業務系・ゲーム開発を複数経験。現在はメンバー4名のチームを任されている。