“最上級”の後継人材を育てて
“時よ止まれ”と叫びたい

 あなたにとって「これがI&L QUALITYだ」と誇れる仕事の成果は何か?
 この事前アンケートに対して、プロジェクトリーダY.R.はこう答えた。
「自分が過去に教えた後輩たちが、お客様により良いバリューを提供し続け、常に改善しようとする姿勢でいる状態。そして、さらに下の後輩たちに教えようとする状態」

「この回答は、ゲーテの『ファウスト』のイメージで書きました。“時よ止まれ、汝は美しい”ですよ」
 ん? ゲーテ?? ファウスト???
“時よ止まれ〜”は、ドイツ疾風怒濤時代の文豪ゲーテが、死の前年に発表した戯曲『ファウスト 第二部』のクライマックスで、主人公に語らせた名台詞。
 そのストーリーを要約すると──。
 悪魔との契約で権力を手に入れ理想の国家建設に邁進する宰相ファウスト博士は、悪魔の手先が自分の墓穴を掘る音を、人民が父子代々で志を受け継ぐ土地開拓の槌音と思い込み、理想が叶った最上の瞬間を永遠に止めたいと願って歓喜のうちに死す……。
「“顧客にとっての最上級”は、先輩方が追求してきた理念。われわれはそれを受け継ぎ、さらに後へと継いでいく。『達成した!』と実感できる日が来たら、まさに“時よ止まれ”の心境になるんじゃないでしょうか?」
 なるほど……。
 だが、ファウスト博士の歓喜は、切なる願望がもたらした“勘違い”だった。
 I&L QUALITYが勘違いでは困る。
 どうすれば、誤りなく継承されていくのか?

*

研修期間中より配属後のほうが
勉強することは多い

 I&Lソフトウェアは、教育・研修に力を注ぎ、人材育成に熱心。
 そう自負しているし、業界の中でもそういう評判を得てきた。これまでも多くの新入社員が“研修の充実ぶり”を入社動機にあげている。
「私自身も、その点にひかれて入社しました。この会社は、さまざまな教育・研修制度を設けています。それは人を育てたいという姿勢の表れです。でも、制度があるから人が育つのか? そうじゃないと思います」

 研修で基礎を固めるのは大切なこと。外部セミナーは気づきと刺激を与えてくれる。資格取得制度はやる気を掻き立ててくれる。だが、仕事というものは、あくまで実務を通じて身につけるもの。
 どんな仕事を与えて、どう実務指導していくか。上司の采配が、その新人が育つか否かを決める。本人の資質と努力以上に、上司の関わり方が重要なのだ。
「わからないことがあれば聞いてね……という姿勢では、上司としてはダメだと思う。わかっていなさそうなことは、先回りして教えるくらいでないと。さすがに『IPアドレスって何ですか?』と聞いてきた新人には、『それくらいは自分で調べなさいよ』と言いましたけどね」

 研修を終えて配属されてきた人が、IPアドレスという言葉を知らない?
「新入社員技術研修は、基本的にプログラミングの研修ですからね。通信やデータベースがわからない人がいても仕方ない。必要が生じたら、その都度、現場で教えます。I&Lソフトウェアの新人研修は大変だというけれど、実は、現場に入ってからのほうが、勉強することは多い」
 でも、大丈夫。みんなやっていることだ。

*

やってみせ、言って聞かせて……
メンバーと変わらぬ量をコーディング

 新入社員技術研修では、本人が自力で正解にたどり着くまで、何度でもやりなおしをさせる。そうやって技術と知識を定着させるわけだが、現場の実務ではそうはいかない。
「気づいたことがあれば、作業途中でバンバン指摘します。代わりにやってみせることもしょっちゅう。あまりにもたついている場合は、解説しながらやってみせたうえで、『この作業は私が引き受けるから、あなたは次の作業に取り掛かりなさい』と指示することもあります」

 こんな調子だから、月末に集計すると、メンバーと同じくらいの量のコーディング作業をこなしている。
「全然、苦じゃない。やってみせ、言って聞かせて……ナントカカントカっていうじゃありませんか」

声をかけやすい距離が大事。
その人なりの“色”を出すためにも

 大小合わせて3つの案件を並行に走らせているから、机の上ではパソコン3台が同時稼働している。iPadアプリの開発案件もあるので、うち1台はMac。
「証券トレーダーの机みたいになってます。オフィスに出勤しているチームメンバーには、なるべく近くにいてもらっているから、ますます手狭。在宅勤務中のメンバーとも、基本的にはチャットをつなぎっぱなし。互いに声をかけやすい物理的距離感は大事だと思っています」

 気を使うのは、それなりに業務に慣れてきた時期の部下との接し方。作業途中であれこれ言われたくない気持ちはわかる。かつての自分もそうだった。
 新人時代にセミナーを受講して以来、活用している『7つの習慣』の第一は「主体的であること」。伸びてきた部下の主体性の芽は摘みたくない。また、『7つの習慣』の第五「まず理解に徹し、そして理解される」を信条にしている。
「相手のその時々の状態を理解できる位置にいることが肝心。近間にいて、相手のことをしっかり見ることができれば、指示も出せるし、助言もできる。逆に、黙って見守る判断もできますから」

 村上春樹氏の小説が好きで、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で描かれた、“自分の色”を探す主人公に共感している。
「ある程度の実力が身につけば、自分なりの色を出していけるのが、エンジニアという仕事の魅力でもありますからね。部下には、ぜひそうなってほしい」

 Y.R.自身は、将来的にどんな色を出していきたいのだろう。
「“顔”だけで仕事を回せるようになっていたい。私は最初にちょっと顔を出すだけで、あとは優秀な後輩たちに任せりゃOK……それが、40代の理想ですね」
 そのためにも、自分の息がかかった優秀な部下を、もっともっと育てないと。
 まだ、“時よ止まれ”と言っている場合じゃない。

*
Y.R.

2009年6月入社。東京農工大学大学院生命工学専攻修了。膨大量のタンパク質の構造データを扱うプログラムの開発で学位を取り、ソフトウェア会社に入社したものの、リーマンショックで入社初日から自宅待機。就活をやりなおしてI&Lソフトウェアに入社。シミュレータ開発、駐車場アプリ開発、契約管理アプリ開発を経て、硬貨選別機システム開発でプロジェクトリーダに。その後もゲーム開発、学校支援アプリ、iPadアプリ開発……等々、多分野の開発に携わる。現在、3つの案件を同時進行中。「プロジェクトの兼務は、まずないことなんですが……今回は、たまたま時期が重なってしまって。お客様のご指名なら、“時よ止まれ”と言うわけにもいきませんから」